心の灯

コロナウイルス感染拡大のニュースを見ながら、ふと、親父を思い出した。幼い頃、お風呂からあがるとニコニコしながら歩いてきて私を抱っこし頬擦りするのが日課だった。大好きな親父に抱っこされるのは嬉しかったが、剃り残した髭が痛くて往生した。次いでに、よく聞かされた戦争体験の話も思い出した。寒さでおしっこが瞬時に凍る話を何度も聞かされた。

ある日、家の前で猫が車に轢かれた。鳴き声を聞いてすぐに飛び出した親父は、瀕死の猫が息を引きとるまで静かに見守り、その亡骸を空き地に埋めた。その背中を見ながら、戦友を弔う姿とだぶってしまった。戦闘や極寒の厳しい行軍など映画で見るような話は一度も聞かなかった。おしっこが凍る話しか聞いたことがなかったけれど、その理由がちょっとわかった気がした。

自営業だったので月末には集金があった。大きな仕事を終え集金のために九州に行っていた親父が頭を掻きながら帰ってきた。そして母に「フェリーの中でウトウトしとったらお金盗まれてしもた」といった。母は「アホやな」といって台所に立った。それで終わりだった。子供ながらにそれだけかよと思ったことを覚えている。このノウテンキな家風はしっかり受け継いでいる。

どんなことがあっても親父は必ず風呂上がりの私を抱っこして頬ずりをした。猫が死んでも、お金を盗られても、おそらくコロナウイルスが感染拡大していたとしても同じだったと思う。頬ずりは家族の心をいつも晴れやかにした。コロナウイルス感染第三波のニュースを聞きながら何故か親父を思い出した。