社長の涙

 社長の涙を何回も見たことがある。中には、この人はけっして泣くことはないだろうと思えるような厳つい人も含めてである。その涙は、悲しみの涙ではなく心から流れ出る嬉しさや喜びの涙であることが多い。経営状況が厳しく社員の給料も滞っている会社があった。社長が社員に申し訳なくて手弁当で忘年会をした。社長に頼まれてこの忘年会に参加した。社員の方とは初対面である。代わる代わる社員の方が来て「もう会社をやめようと思うんです。」と言う。頷きながら聞いているとまたやってきて「もうやめようと思うんです。」と。そして何回目かにある幹部が、「でもやめれんのです。ワシら社長が好きやから。」と涙ぐみながらつぶやいた。それを聞いた社長は、こらえ切れずに号泣した。業績を上げることは大切なことだけど、それ以上に大切なことがあることを実感した瞬間だった。

ある会社に、高校卒業後に入社し、入社以来、無遅刻無欠勤で定年を迎える社員がいた。目立たず注目されることもない人だった。社長は、この社員を見逃さなかった。年に一度の方針発表会の日、何故かこの社員が突然壇上に上がるようにアナウンスされた。当人も他の社員もびっくりした。壇上に上がったこの社員に、社長は用意していた賞状と金一封を渡しながらこう言った。「あなたは我が社の誇りです。ありがとう。」 目には一筋の涙が光っていた。

社長と社員の絆は、けっしてお金だけではない。社員がこの人のために頑張ろうと思うのは、気にかけてくれていることを実感したり、苦しんでいる時に、ちょっとした心遣いでくれた小さなキーホルダーだったり、家族への手紙だったりする。社長の涙は、社員とともに生き、社員とともに喜びや悲しみを乗り越えてきた心の汗なのかもしれない。

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